〜暮らし〜 如何なる時も

*命  生ききる


〜最後まで、読みきって頂けたら、嬉しく思います〜


尊敬する祖父…

祖父は93歳で、この世を去った。

晩年は一進一退、一喜一憂の繰り返し、確実に衰え、死に向かっていきました。

そして、晩年になって、呼吸も苦しい中、こんな事を言ったんや。


「こうして命を頂いておると言う事は有り難い。

有り難いと言う事は、よーく分かっとる。

お礼を申さなならん事も、よーく分かっとる。

けれども、生きるいうことは、しんどいことだなあ。


祖父の口から、こんな言葉が出る事にビックリしたけど、

「しんどい。お礼を申さなアカンとは分かってるけど、生きるいう事は、しんどいこと」


これが、『生きる』いう事の、本当の姿やと思った。


『生きる』言う事の重さが、ズッシリ伝わってきたんや。

亡くなる数ヶ月前には、殆ど声も失ってしもた。

殆ど声を失った祖父が、声を絞り出して言うた事、これをみんなに、あたしは伝えたい思

う。


「わしは、この年になってようやく、おかげと言うものを、ハッキリ分からせてもらえる

ようになった。

有り難いことだ。

これまで声が出るのは、有り難い事やと分かっていたつもりだが、

ところが、当たり前の事だと感じておったんや。

声を失って、当たり前と言う事は何一つないと言う事が、腹の底から分かった。

声が出るのも、目が見えるのも、物を食べられるのも、すべてがおかげ。

自分はおかげの塊なのだ。

やっと、その事が分からせてもらえた。

何と有り難いことかと思う。

体の不自由さが増すにつれ、おかげの世界は狭まるどころか、益々広がってくる。


と話す祖父。


あたしは、この時、人間は、どこまでも成長していけるんや思った。

死を直前にして、あたしらに、大切なもんを、土産にしてくれた。

息の差し引きさえもがしんどい。

そういう苦しさの中にあって、なお且つ、一つ一つの事が有り難いと言いきった祖父。

あたしは、この祖父から


命尽きるまで『生ききる』心を学んだ。


そして、生きる強さを学んだ。


これを踏み台に、農業への道 やんちゃくれ農業 やりきって行くで〜!


最後まで読んでくれた方々に、感謝致します。